特急とは?/ キャシング比較
[ 627] エル特急 - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AB%E7%89%B9%E6%80%A5
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エル特急(エルとっきゅう)とは、昼行で運行本数の多いJR在来線の特急列車の愛称である。特急料金は特急と同額。時刻表や列車のヘッドマーク・方向幕では、「L」を図案化した記号で表される。 まだ一般的に都市間輸送は急行が主力をなし、数少ない特急は全席指定が原則だった時代に特急のダイヤをパターン化して自由席を設置、更に自由席特急券つき回数券を販売したりして、特急大衆化に努めようという画期的な試みであり、「数自慢、カッキリ発車、自由席」というキャッチコピーと共に、国鉄らしからぬソフトなネーミングも受け、その呼称をつけた特急はその後も増加、例えば1978年10月2日のダイヤ改正では25を数えるまでに成長していった。 だが、元々「エル特急」という呼称自体に明確な定義がなかった事に加え、その後一部例外を除いてほぼ全ての特急に自由席が設けられたり、全国的に急行が大幅に削減されて特急に吸収されたり、新幹線の延伸により並行在来線の特急が廃止となるケースが増えたりする等様々な影響により、徐々に本数の多い特急にあえてこの呼称を与える意義が薄れてゆく。利用者からも「普通の特急とエル特急は料金も異なるのか」といった疑問も寄せられ、列車種別として区別すること自体への否定的見解も多くなっていた。 特に、国鉄のJR転換後は、各会社間でその呼称に対する解釈の食い違いが目立ってくる。例えば、「白山」の様に運行終了に近い1990年代には1往復しかないのに「エル特急」を名乗ったり、速達列車を強調するための「スーパー○○」の方が本数が多いのにもかかわらず「エル特急」を名乗らない場合も出てきた。 但し、「白山」の事例は同じ区間を運行するエル特急「あさま」の一員という位置づけと見ることもでき、このような形でのエル特急指定は国鉄時代にも見られた。 こうした風潮の中、JR東日本では「特急」との区別が判り難いということで、2002年12月1日のダイヤ改正によりJR東海から乗り入れる「しなの」を除いて自社内で運行している全てのエル特急の呼称を廃止、単なる「特急」に改称した。 一方、JR九州では新しく設定された列車でも積極的にエル特急の呼称を使用している。ほとんどの電車特急は、この「エル特急」で運転されている。 また、他の会社でも新設された特急列車には「エル特急」としない事例が増えているが、北海道の様に、長距離列車と区別する意味あいで愛称代わりに「エル特急」と呼ぶ事が一般的にも定着している地域もある。しかし駅ホームの発車放送案内でも「エル特急○○号」と言わず単に「特急○○号」と表現している場合が多い。 なお、エル特急はJR東海の「ひだ」、JR四国の特急列車を除いてすべて電車特急である。国鉄時代から現在にいたるまで、気動車特急でエル特急を名乗る列車は少数派にとどまっている。 国鉄時代に存在した気動車のエル特急は、全便気動車なのは伯備線が電化される1982年以前にキハ181系で運行された「やくも」の1系統のみであり、他には「しなの」が中央西線電化後も2年間はキハ181系が2往復のみ残ったケース、「にちりん」のうち、博多?西鹿児島(現:鹿児島中央)直通系統の列車1往復が日豊本線全線電化1年後の1980年までキハ82系で存在していたケースのみであった。ただし、「にちりん」のうち、宮崎以北のみの系統は485系で運転されていた。 変わった例としては、1996年3月からの秋田新幹線改軌工事に伴う田沢湖線運休時に1年間だけ暫定運転された「秋田リレー」がある。この列車群は従前の「たざわ」の代替であることから「エル特急」として設定されたが、結果的にJR東日本が新設した最後の「エル特急」となると共に、JR東日本が気動車で設定した唯一の定期特急ともなっている。 |
[ 628] 特別急行列車 - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%B9%E5%88%A5%E6%80%A5%E8%A1%8C%E5%88%97%E8%BB%8A
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特別急行列車(とくべつきゅうこうれっしゃ)とは、鉄道における広義の急行列車の一種で、狭義の急行列車の上位に位置する列車種別である。「特別急行」を略して特急(とっきゅう)ともいい、基本的には「特急」で通用している。 鉄道会社や鉄道路線ごとに多少の違いはあるものの、概ねその路線で最も早く目的地に到達する列車に与えられる呼称である。過去において「準急より遅い列車を特急と称し、不当な料金を徴収している」との訴えがおこされた。その判決によれば、特急列車とは単に速度の速さのみに関らず、連結車両の優劣、運転時間帯、他の列車やバスなどとの接続時間などを総合的に判断して決定されるべきだとのことである。 欧州では、古くから特別急行列車の運転が盛んで、イギリスでは19世紀にすでに運転されていた。また、イタリアでは1936年から電車による特急列車が運転され、これにははっきりと電車特急との表記があった。その後、1957年にはヨーロッパ各地を日帰りで行き来できるビジネスライクなTEE列車網が整備され、これらの列車には特別急行券を必要とした。その後はインターシティInterCity (IC) 列車に変更された。これは都市間連絡を主たる目的とする在来線優等列車であり、かつ平均停車間隔も長いものでは100kmを超えるが、短いものでは20kmにも満たないという点で、現在のJRの特急列車に限り無く近い性質を有していると言える。 特別急行(特急)列車が設定される前、急行列車より速い列車には「最急行」という種別をつけることがあった。その中でも1906年(明治39年)4月16日に、国有鉄道の新橋駅〜神戸駅間で設定された「最急行1・2列車」は、運賃以外に初めて速達サービスのための料金を徴収する列車となるなど、現在の有料特急・急行の元祖と位置づけられるものであった。 「特別急行」の種別を初めて用いたのは、1912年(明治45年)6月に前述した「最急行1・2列車」を区間延長する形により、関釜連絡船を介して中国・欧州などへの国際連絡運輸の一翼を担う「大陸連絡列車」として、新橋駅〜下関駅間で運転を開始した1・2列車である。編成内容も一等車・二等車のみで展望車が最後尾に連結されるなど、「日本の国威」を対外宣伝するためのような存在であった。1914年(大正3年)12月に東京駅が開業すると、1・2列車も東京駅始発となった。 1923年(大正12年)7月、同区間に三等車のみで構成された3・4列車が運転開始される。そこからも分かるように、この列車はどちらかと言えば大衆向けの設定であった。昭和に入ると特急列車に「列車愛称」が付けられるようになり、新しい列車の設定も見られたが、間も無く戦争に突入したため、結局戦前の特急列車は下記の4種のみにとどまった。また戦前の特急列車は、東京以西の路線(東海道本線、山陽本線、鹿児島本線、長崎本線)のみで設定されていた。そして太平洋戦争の激化により、1944年(昭和19年)4月を以て「富士」を最後にそれらは全て廃止され、日本の特急列車は一旦消滅した。 終戦直後は、石炭・車両・整備の状況が戦時中以上に悪化したこともあって、特急列車どころか普通の列車すらまともに運転できない状態となり、1947年(昭和22年)の1月から4月に掛けては急行列車まで全廃された。その後、それらの状況がやっと好転して来た1949年(昭和24年)9月、東京駅〜大阪駅間に「へいわ」が運転開始される。同区間を9時間で結び、速度こそ戦前の水準に及ばなかったが、この時1944年(昭和19年)以来5年振りに展望車・食堂車が復活するなど、見るべきことは多かった。その後特急列車は次第に各線で設定・増発され、特徴ある物も増えた。戦後の特急列車史に残る列車としては、下記の列車などが挙げられる。(新幹線は除く) 1972年(昭和47年)10月より一部の昼行特急には、「エル特急」と言う愛称が与えられた。後に従来の急行列車を昇格して特急列車とした際にもこの扱いを行うことが多かった。しかし今では、JR東日本が2002年(平成14年)12月にエル特急を名称上全廃するなど、その数は次第に減少しつつある。その一方でJR北海道においては、案内掲示や放送において「エル特急」と明記・明言し、ディーゼルカーによる特急は「特別急行」と放送されている。 1972年(昭和47年)から1985年(昭和60年)に掛けて山陽新幹線、東北新幹線、上越新幹線と言った新幹線が次々と開通するにつれ、長距離を走る特急列車は新幹線に取って代わられる形で次第に減少し、それと引き換えに新幹線の沿線から離れた都市と、新幹線との連絡・接続を図る、中〜短距離の列車が増えていった。 なお、昼行列車であってもキハ82系気動車では食堂車と一等車(→グリーン車)を各1両備えた6両編成を基本とした編成が基本とされた。電車でも二等車(→普通車)の両数の差があるものの、編成が短くなった。おおむね8〜12両程度で運用される従来のものからものから大きく変容するようになる。 その初例として、1976年(昭和51年)に設定された佐世保線エル特急「みどり」では485系電車新製車両では最も短い4両編成で運用される事例がみられるようになった。ただし、「みどり」の事例は「かもめ」と併結運転を行う多層建て列車として運行する関係もあり線路容量が小さい路線での措置として異例とされた。高速バスとの競争が激しくなった鹿児島本線エル特急「有明」では1984年以降改造車両を用い1本あたりの編成組成を短くする代わりに本数を増発する手法を採ったため、1986年(昭和61年)には「3両編成を組んだ特急」が運行されるようになった。 同年に運用を開始したキハ185系気動車は2両編成で運用可能なような設計とし、実際にJR四国は高徳線のエル特急「うずしお」の運用開始時に運用を実施し、2007年現在では主に徳島県内の特急列車群で運用されている。 1985年(昭和60年)3月より2002年(平成14年)12月までの間、東北本線(宇都宮線)・高崎線などでは同線内相互間の輸送を目的とした一部のエル特急を「新特急」と称していた。元々は、短・中距離の急行列車を増収のためほとんど停車駅は変えず特急列車に格上げした物で、定期券でも乗車できることとし料金も特急と急行の中間的な設定にされた。しかし前述のような理由で設定された特急であり、使われていた185系電車はそれまでの特急列車の車両より設備が劣り、関西では快速列車に使うような車両にデッキを付けただけのような物であったため、設定当初には「体のいい料金値上げ」・「最悪の特急」などといった陰口も叩かれた。2001年(平成13年)12月にそれ以外の列車と特急料金が同額になり、「新特急」を列車名に冠する必要が無くなったためか翌年消滅した。 2004年(平成16年)3月に九州新幹線が開通した際、JR九州は下記のような特急列車を設定したが、これらはもはや本来の「特別な急行列車」の意味ではなく、単に料金を取るか取らないかどうかで「快速列車」・「普通列車」などと区分するために、「特急列車」を名乗らせているようである。 はやとの風 鹿児島中央駅〜吉松駅間運転の観光列車で、車両は元々普通列車用に開発された物を改造した気動車キハ140形・キハ147形を使用している。そのため、速度・乗り心地などは到底特急とは言えない物となっている。 きりしま 元々この列車は宮崎駅〜西鹿児島駅(現:鹿児島中央駅)間の都市間特急であったが、この改正によって新幹線接続列車及びホームライナー的な性格を持った霧島神宮駅・国分駅〜鹿児島中央駅間の列車が設定された。実際にこの区間を走っていたホームライナーは全て特急に格上げされた。若干の本数増減を経て2007年8月現在は霧島神宮駅発着列車が2往復、国分駅発着列車が4往復設定されている。国分駅発着列車の一部は途中の通過駅が錦江駅・竜ヶ水駅のみで(しかも竜ヶ水駅は普通列車も大半が通過する駅である)、しかもこの区間はほぼ全線単線であるため、列車によっては前後に走る同区間の普通列車よりも時間がかかる。一部の区間で普通列車より時間がかかる特急列車は他にも見られるが(普通・快速列車と停車駅が変わらない、単線での行き違いなどの理由による)、運行する全区間において普通よりも時間のかかる特急はJRではこの国分「きりしま」のみと思われる。 法規上、在来線と直通する列車も特別急行列車と定義されている。このため、博多南線運行列車や「つばさ」・「こまち」も特別急行列車である。 沿革にある通り、JRの場合特急列車を利用する場合、乗車券のほかに特別急行券(特急券)が必要である。料金などの詳細については、「特別急行券」の項を参照されたい。 特急列車への定期乗車券での乗車は原則として認められていないが、近年は特例として一部の列車・路線で定期乗車券に自由席特急券ないしは立席特急券を追加すれば乗車が認められるようになってきている。現在では、自由席については昼行列車の全列車が定期乗車券との組み合わせで乗れるようになった。但し、指定席は認めていない場合も多い。 普通列車が一切無いなどの理由で、特急列車に乗車しても特急料金が掛からない区間がある。詳細は「特別急行券」項中の「特急料金不要の特例区間」を参照のこと。 他の種別の列車の車両と異なる特急形車両を使っており、高速性能や、座席などの車内設備が他の種別の列車用より優れている。原則として特急列車に専用されるが、末端区間で普通列車になる場合や、運用の関係で普通列車として運転される場合もある。 私鉄では、鉄道会社によってJRと同様に利用するためには乗車券のほかに特急料金が必要な物と、乗車券だけで利用できる物、および座席指定車と料金不要の自由席車の両方を連結したものの3種類がある。その経緯については急行電車も参照のこと。 また、私鉄にはオリジナルの列車種別が設定されていることも多く、用途や行先を冠することで、複数の「特急」が設定されているケースも少なくない。また、近年では、ラッシュ時に「通勤ライナー」的な性格の列車が運転されているケースも多い。 種別としての性格は、特別急行料金を徴収する国鉄の特急列車と同等のもの(東武鉄道など)と、本来急行料金は設定していなかったが、座席指定料として運賃とは別に料金を徴収するようになったもの(名古屋鉄道や京浜急行電鉄など)とがある。 JRと同様に、高速性、車内設備などが他の種別に使用している車両に比べて優れている特急用の専用車両が使用されており、差別化を図っている。一部の私鉄や第三セクター鉄道には、JR線から特急列車が乗り入れている(一部は相互直通運転を実施)。 小田急電鉄(小田急ロマンスカー、小田原線系統「はこね」・「スーパーはこね」・「さがみ」:一部は箱根登山鉄道に乗り入れ、江ノ島線系統「えのしま」、ホームライナー的性格列車「ホームウェイ」) 京成電鉄(「スカイライナー」・「モーニングライナー」・「イブニングライナー」:京成には無料の特急も運転されているため、特急より上位の列車種別として「ライナー」と考えた方が良い) 名古屋鉄道(名鉄特急の項参照):指定席車はリクライニングシート、自由席車は転換クロスシート車が多い。中部国際空港系統以外は、こちらに統合予定。 南海電気鉄道(本線系統「サザン」):指定席車はリクライニングシート車であるが、自由席車は通勤形のロングシート。 他の列車種別より停車駅が少なく、いわゆる最速達列車種別として用いる場合のものがほとんどである。そのため他の種別の列車と同じく、通勤形車両を用いるのが一般的である。しかし、競合する他社の鉄道路線がある場合には、料金不要の列車と言えども車内設備や性能の優れた専用車両を充当することがある。 こうした例は、JR東日本東海道本線・横須賀線と競合する京浜急行電鉄、中央快速線と競合する京王電鉄、中京地区で東海道本線と競合する名古屋鉄道、JR京都線・JR神戸線と競合する阪急電鉄・京阪電気鉄道・阪神電気鉄道・山陽電気鉄道、鹿児島本線と競合する西日本鉄道に見られる。 京浜急行電鉄(大師線を除く。夕方以降に運転される「京急ウィング号」は品川駅から乗車する場合に着席料金が必要。快特の半数はクロスシート車で運転) 名古屋鉄道(名古屋本線内を発着するほとんどの特急および常滑線・空港線の一部の特急で指定席と自由席を混結。名鉄特急の項も参照) 阪急電鉄:京都本線の特急はクロスシート車が中心。神戸本線・宝塚本線(能勢電鉄直通)の特急はロングシート車。 南海電気鉄道(南海本線の難波−和歌山市間の特急の半数は、全車自由席(ロングシート車)で運転される。特急「サザン」が指定席と自由席を混結、他に全車自由席の一般車による特急も運転) 阪神電気鉄道(山陽電気鉄道と直通、かつてはロングシート車ばかりであったが、現在ではセミクロスシート車が増えている) ここには、「特急」を含む「特急」以外の列車種別並びに、「特急」を名乗らないが「特急」に比肩する列車種別の名称を記する。なお、※印の事業者では、運賃のほか別途料金が必要な列車として運行。 区間特急:阪神電気鉄道(本線)。朝ラッシュ時のみ運転。特急とは千鳥停車を行っているため、特急と停車駅数・所要時間に大差はない。 当初は特急と快速の中間に位置する列車として設定された。特急と特快速の違いは、特快速は有馬口を通過するが岡場以北の各駅に停車し、特急は有馬口に停車するが有馬口−三田間は岡場、道場南口、横山の3駅のみ停車すると言うダイヤであった。特急は廃止されたため、現在は特快速が同線内で最上位の列車種別となっている。 JR・私鉄各社とも、特急列車には専用乗務員を充てている。特に運転士にいたっては、運転技術で選抜された者や、特別な研修・実地訓練を受けた者に対してその任務が充てられる。 JR各社の場合 - 一般電車を約十数年運転した者が担当するが、ブルートレイン担当運転士は、そこからさらに研修を受けた者が担当する。 バスにおいても、特に停車する停留所を限定している系統が「特急」を名乗る場合がある(例:特急仙台・山形線、特急札滝線、山陰特急バス)。ただしその中でも高速道路を主として走行する物は「高速バス」と呼ばれることが多い。「高速バス」「急行バス」の項目も参照のこと。 |
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