バリエーションとは?/ キャシング比較
[ 1162] モビルスーツバリエーション - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%93%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%83%BC%E3%83%84%E3%83%90%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3
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シリーズとしての『モビルスーツバリエーション』 (MSV) という言葉は時と場合によって指す範囲が異なるが、概ね以下の通りである。 2.だけでなく、『MS-X』シリーズを始めとする、アニメ以外の一年戦争に付属するゲームや漫画、資料集などによる設定全てを含める場合。 最初の『モビルスーツバリエーション』シリーズはアニメ『機動戦士ガンダム』に付随するもので、同作品の劇場版が公開された後、バンダイとサンライズのタイアップによるプラモデル中心の企画として始められた。プラモデル化第一弾は「1/144 高機動型ザクII」。アニメに登場する機体に対してのバリエーションや、より掘り下げた機体設定、エースパイロットの設定が追加された事で一年戦争という舞台の世界観が広がり、作品自体にも深みが増す事となった。この事でガンダムという作品から離れつつあった青年層のファンを再び取り込んだ。若年層に対しては講談社発行の雑誌『コミックボンボン』連載の漫画『プラモ狂四郎』にてパーフェクトガンダムやフルアーマーガンダムを登場させる事で支持を獲得した。当時、商品化された機体以外にも様々なデザインや文字設定が書き起こされており、ガンダム4号機などは文字設定のみであったが、後になって大河原邦男モビルスーツコレクションでデザインが書き起こされ、更に近年になって初めてプラモデル化されている。 この後に制作される各作品においても、「モビルスーツバリエーション」という手法で幾つもの機体が作り出される。また、以前に「モビルスーツバリエーション」として作り出された機体がアニメに登場している事もある。『機動戦士Ζガンダム』では藤田一己のデザインによるΖ-MSVがあり、『機動戦士ガンダムΖΖ』ではディザートザクやアイザックなどの本来ならMSVに分類される機体が登場している。『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』のCCA-MSVではプラモデルの組み立て説明書と、明貴美加のデザインしたものがMS大百科で展開されたものがある。またバンダイが発行していたSDクラブでは大河原邦男の手による大河原邦男モビルスーツコレクションがある。『機動戦士ガンダムF91』にはプラモデル展開もされた外伝『機動戦士ガンダムF90』と『シルエットフォーミュラ91』があり、講談社のガンダムマガジンでも本編モビルスーツのバリエーションが展開された。『機動戦士Vガンダム』ではバンダイがV-MSVの小冊子を刊行していた。 第一期ガンダムブームと同時に、ガンダムのプラスチックモデル(以下ガンプラ)は爆発的な売れ行きを見せた。しかし、その結果、作品内に登場したほとんどのモビルスーツをプラモデル化してしまったため、新規に製品を投入出来なくなるという問題が発生した。そこで、当時アニメ雑誌などで流行を見せていた、既存モビルスーツの試作タイプや改造タイプといった設定を借用する事で、新たなモビルスーツをプラモデル製品として商品化すべく、企画されたのがMSVシリーズである。なお、MSVシリーズプラモデルの商品は新規金型で製作されている。 バンダイのこの戦略は奏功し、ガンプラのさらなる発展とともに、ガンダムの作品世界をさらに深く掘り下げるきっかけとなった。このMSV戦略は、ガンプラのマーケティングにおける標準的な手法として定着していく事になる。 このシリーズによってガンプラは初期シリーズのフォーマットから離れたブランドとして確立され、従来シリーズとは一線を画したディテールやパッケージ・価格帯が可能になった。また、それに伴う新技術の投入も行われるようになったという意味で、ガンプラのみならずキャラクターキット界の新しい地平を切り開いたと言っても過言ではない。 アニメ『機動戦士ガンダム』の初回放映終了後に発売されたプラモデル(通称「ガンプラ」)シリーズは大好評で、作中に登場するモビルスーツや艦船が次々とプラモデル化され、店頭に並んだ。劇中に登場するモビルスーツやモビルアーマーの全種類、主要艦船までもがプラモデル化された後もその人気はやまず、このブームを終わらせないためにいくつかの手段が考え出された。 ブームを継続させる一つの方法が、『機動戦士ガンダム』の未使用原稿に原案が記載されており、サンライズ(当時は日本サンライズ)発行の書籍『機動戦士ガンダム記録全集』にて発表されていたアッグ、アッグガイ、ジュアッグ(以上3体は今日の資料中ではアッグシリーズとも記載されている)、ゾゴックを「未登場モビルスーツ」シリーズ(「試作メカ」シリーズ、「没メカ」シリーズとも)としてプラモデル化することであった。アニメ作品に登場した設定だけでは、もはや商品展開を続けることができなくなっていたのである。 誕生の経緯から、これらの機体のプラモデルのパッケージは、アニメ作品に登場していないにも関わらず、『機動戦士ガンダム』シリーズ[1]のそれと同一の構成がなされることになった。このようにアニメに登場しないキャラクターを製品化することは当時としては非常に珍しいことであり、絶対に成功しないと考えられていたため、バンダイにとってこれは大きな賭けであった。マイナーさゆえに、広告やポスターには「機動戦士ガンダム記録全集(日本サンライズ発行)に紹介された未登場モビルスーツです」といった注釈がつけられるなど、宣伝にも工夫が行われた。 当初は待望の新MSという事もあり、没メカは画面に出ないだけでちゃんとジャブロー攻略に用いられたという設定になっており、その為後のMSVの時期に実戦においてパーツを換装した機体(アッグ武装型など)のイラストが描かれ、『テレビマガジン』にはセル画の絵物語でアッグガイ&ジュアッグとガンダムの交戦が描かれ、テレビ未登場機のハンディを埋める為の展開が成された(後のMSV時期に4機チームのトンネル掘削による強襲作戦は行われなかったと設定され、特務モビルスーツという名称がつけられた)。 「未登場モビルスーツ」シリーズは1/144スケールだけではなく1/100スケールも販売され(1/100ジュアッグも発売予定はあったが中止)、十分といっていい成績を残した。『モビルスーツバリエーション』シリーズの発売を検討していたといわれるバンダイにとって、その前段階的存在と見ることもできる当シリーズの成功は、『モビルスーツバリエーション』シリーズの販売は商業的に可能という自信を与えるものであった。 ^ 『モビルスーツバリエーション』シリーズ誕生後は『機動戦士ガンダム ノーマルタイプ』シリーズと呼ばれるようになる。 最初の『モビルスーツバリエーション』シリーズは、バンダイによって立ち上げられた企画と思われがちだが、実際には講談社が、書籍『劇場版 機動戦士ガンダム アニメグラフブック』を原点として、雑誌『テレビマガジン』や『コミックボンボン』で独自に行っていた、「ザクバリエーション」などの展開を基本としている。また、プラモデルシリーズだけの名称という認識も正しくはない。元々、アニメに登場しない知名度の低い機体を販売するためには、雑誌連載や書籍による宣伝活動を欠かすことはできない。そのため、正式には各雑誌おける模型や設定の記事と、それをまとめた資料集、そして実際の商品であるプラモデルシリーズを総称したものが、企画名としての『モビルスーツバリエーション』である。 また、当時は「MSバリエーション」という略表記もよく使われ、プラモデルパッケージでも使用されているが、現在では「MSV」という略称が十分浸透しているためか、ほとんど使用されなくなった。また、場合によっては「モビルスーツ・バリエーション」や「モビルスーツヴァリエーション」「モビルスーツ・ヴァリエーション」などと表記されたこともあり、後には「M.Sバリエーション」「M.S.V」などと表記された事もあるが、これはバンダイが一時期、モビルスーツを「M.S」、モビルアーマーを「M.A」と略すことがあったためである。 関連作品として、プラモデルを題材とした漫画『プラモ狂四郎』があり、『モビルスーツバリエーション』シリーズと連動して絶大な人気を誇った。作中に登場するプラモデルの制作方法や改造例、また失敗例などのエピソードは実際の製作現場で使われた方法や起こったことを多く取り入れている。ほかにも、『モビルスーツバリエーション』シリーズ内で設定されたエースパイロットを描いた漫画『エースパイロット列伝』もあり、これは後に漫画『機動戦士ガンダム MS戦記』に発展した。 シリーズ構成協力:高橋昌也(ストリーム・ベース)、川口克己(ストリーム・ベース)、小澤勝三(オズ・アート・ワーク) 『モビルスーツバリエーション』シリーズにおいて明確なスタッフ表記は存在しないが、具体的に記述すると大体上記のようになる。メカデザインは基本的に大河原邦男が担当したが、大河原の書いたラフデザインをイラスト担当の増尾隆幸やシリーズ構成・解説担当の小田雅弘がクリンナップしたり、その逆に増尾や小田がデザインしたものを大河原がクリンナップすることもあった。また、大河原は非常に多忙であったため、背面図の設定画などは増尾が起こすことも多かったが、その際に増尾は自らのタッチを大河原に似せるといった遊びも行っていたという。 シリーズ全体の構成は小田雅弘のほかにストリーム・ベース(当時)の高橋昌也や川口克己なども協力しているが、プラモデルのインスト、『コミックボンボン』やバンダイ・ホビー事業部発行の雑誌「模型情報」での連載、及びそれをまとめた資料集(ムック本)などにおける設定にかかわる文章は全て小田自身の手により執筆された。そのため、『モビルスーツバリエーション』シリーズの文章部分のみ抜き出せば、小田による小説作品という見方もできなくはない。しかし、『モビルスーツバリエーション』シリーズの展開は長期にわたっていたため、途中で設定が変更されることもままあり、そのために各所に矛盾のある記述も生まれてしまっている。 プラモデルのパッケージイラスト(箱絵)はストリーム・ベースの要望により、ノーマルタイプシリーズ後期のパッケージイラストを担当していた石橋謙一によって全て描かれた。後に森永製菓のチョコスナックとキャラメルでも「モビルスーツバリエーション」の展開が行われた際、森永製菓の要望でそちらのパッケージイラストも全て担当している。 さらに、多くのモデラーとの交流があり、そこからも多くの設定が生まれたことも忘れてはならない。たとえばジョニー・ライデン専用高機動型ザクIIに関する設定は、徳間書店発行の雑誌『テレビランド』で活動していた“ケン兄ちゃん”こと草刈健一(『コミックボンボン』では当初、下田一の名で活動)が、小田雅弘の要求に答え、毎月同じプラモデルをアップデートして『コミックボンボン』に掲載するという試行錯誤の上に誕生したものである。 また、“ヒゲの怪人”こと小澤勝三(オズ・アート・ワーク)も『モビルスーツバリエーション』シリーズの模型製作に多くかかわり、中期以降はメインスタッフとして活躍した。ほかにも雑誌CM用の模型を岩瀬昭人が、テレビCM用の模型を大西清(サンライズ、スタッフ代表)が製作している。勝呂国弘(ストリーム・ベース)、中坊嘉一(ストリーム・ベース)、小林とおる、末期には波佐本英生などの名もよく知られていた。 『モビルスーツバリエーション』は第3期シリーズの商品展開が終了した時点で、それまでにメインで発表されたモビルスーツがほぼ全て商品化されてしまい展開に行き詰っていた。さらにアニメ『機動戦士Ζガンダム』の放映が検討されはじめ、それまでの繋ぎという意味も持たされることとなったために全体的なてこ入れが必要となり、新シリーズとして『MS-X』を展開させることとなった。 メカデザイン及び設定は大河原邦男が、ストーリーは新たにアニメ『機動戦士ガンダム』のメインライターの1人であった星山博之が担当することとなった。「ジオン公国軍の小惑星基地ペズンで行われている兵器開発プロジェクトを調査するため、地球連邦軍はデン・バザーク大佐に調査チームを結成させ派遣した」というストーリープランが立てられ、『テレビマガジン』や『コミックボンボン』にて模型連載が開始された。 ジオン側のモビルスーツの名称は、富野喜幸(現:富野由悠季)監督がテレビシリーズ『機動戦士ガンダム』制作中に書いた全52話構想を記したメモ(通称トミノメモ)にある番組に登場しなかったモビルスーツの名称を流用しているが、名称以外の設定はトミノメモとはほとんど共通していない。そのためか、アニメ『機動戦士Ζガンダム』『機動戦士ガンダムΖΖ』に同じ名称を持つモビルスーツが登場し、『MS-X』シリーズのモビルスーツは無理やり名称が変更されてしまった。ガルバルディαに至ってはガルバルディβに似せるためのマスクまで追加にデザインされている。 また、このシリーズではモビルスーツのほかにもバストライナーやスキウレといった既存のモビルスーツ(のプラモデル)と組み合わせる事が出来る、砲台や輸送機の商品化も検討され、デザインが起こされた。特にスキウレはモビルアーマービグロのメガ粒子砲を砲台としてザク等が取りまわし出来るようにしたものであった。 結局、各モビルスーツは木型(モックアップ)まで製作されていたものの、企画発表の半年後、『機動戦士ガンダム』の続編として『機動戦士Ζガンダム』のアニメ化が正式に決定し、商品の開発もそちらに集中することとなったため、『MS-X』のシリーズ展開は中止され、『テレビマガジン』『コミックボンボン』などでの連載も中断された。ただし、企画としては頓挫したが、設定自体はガンダムの歴史の中に組み込まれ、一部のモビルスーツは後のガンダムシリーズに登場、またその後発売されたゲームのユニットとして登場している。 『MS-X』シリーズにおいても明確なスタッフ表記は存在しないが、具体的に記述すると大体上記のようになる。基本的に『モビルスーツバリエーション』シリーズと大差ないが、ストーリー担当に星山博之が迎えられている所が大きく異なる。しかし、おそらく実際に脚本が書かれたことはないと思われる。 「モビルスーツバリエーション」の原点は、「怪獣倶楽部」所属のフリーライターで当時『テレビマガジン』編集長であった安井尚志(安井ひさし、やすい尚志)が、『講談社ポケット百科シリーズ15 機動戦士ガンダム』、『テレビ版 機動戦士ガンダム ストーリーブック』、『劇場版 機動戦士ガンダム アニメグラフブック』といった3つの書籍の執筆を氷川竜介に依頼したことに始まる。安井は設定が無ければ新たに作るという思想の持ち主で、ウルトラ超伝説(アンドロメロス)など、ウルトラシリーズの拡張作品のプロデュースを行い、設定を多く作り上げたことで知られている。 氷川は安井の姿勢に従い、幼年向けの書籍『講談社ポケット百科シリーズ15 機動戦士ガンダム』にて、あくまでも怪獣図鑑的な発想でアニメには無い新規の設定(例えばフレキシブルアームやアイアンネイルなど)をいろいろと書き起こした。しかし、例えばザクのモノアイのターレット構造などは設定画が存在しないため新規の設定が困難であった。そこで、比較的高い年齢層に向けた書籍『劇場版 機動戦士ガンダム アニメグラフブック』を執筆するにあたり、安井を通じて、大河原邦男に新たな設定画を描いてほしいと打診した。 すると大河原は、どうせ設定画を描くならば、テレビに登場しないオリジナルのザクのイラストを描きたいと返答をしてきた。そして、湿地帯用ザク、砲撃戦用ザク(後のザク・キャノン)、水中型ザク(後のザク・マリンタイプ)、砂漠戦用ザク(後のザク・デザートタイプ)の4種類の「ザクバリエーション」がデザインされた。これが制作者サイドが作った最初のオリジナルモビルスーツであった。続けて『劇場版 機動戦士ガンダムII アニメグラフブック』、『劇場版 機動戦士ガンダムIII ストーリーブック』、『テレビ版 機動戦士ガンダム ストーリーブック』2?4巻でも新たなザク、さらにはグフとドムの中間機(後のYMS-08A高機動型試作機)やジオング完成型(後のパーフェクトジオング)のイラストが描かれ、話題を呼んだ。 一方、みのり書房からは『機動戦士ガンダム』をSF的・ミリタリー的な視点から見た初めての資料集、月刊OUT8月号別冊『宇宙翔ける戦士達 GUNDAM CENTURY』が発売された。本書には、後にサンライズのオフィシャル設定となる記述が多数見受けられるが、その中にザクIIのバリエーションに関する設定があった(余談だが、ザクIIという名称を作ったのも本書である)。この時点で両者は接点は無いものの、いくつかは『劇場版 機動戦士ガンダム アニメグラフブック』シリーズの「ザクバリエーション」を意識したものではないかとする説もある。また、黒い三連星が搭乗したとされるMS-06R高機動型ザクIIが設定されたことも、後に非常に大きい影響を与えた。 また、ガンプラブームにより、徳間書店の『テレビランド』などをはじめとする各社各誌・各書籍でも模型作例が次々に発表されていたが、中でもホビージャパン社の雑誌「ホビージャパン」では、小田雅弘、高橋昌也、川口克己といった、模型サークル「ストリーム・ベース」に所属する3人のモデラーを中心に人気を博していた。当時、ホビージャパン編集部と講談社は良好な関係にあったため、「ホビージャパン」誌上にて大河原の「ザクバリエーション」が立体化されることとなり、さらには別冊『HOW TO BUILD GUNDAM 2』が発売された。 そして1981年10月、安井の手によって講談社の雑誌『コミックボンボン』が創刊。創刊号から毎号テレビに登場しないオリジナルモビルスーツのイラストを大河原が書き下ろし、ストリーム・ベースの3人を中心とするモデラーが立体化するという企画が行われた。これは『GUNDAM CENTURY』にて、多数のザクIIバリエーションが設定されていた事も大きく影響していた。ただし、この時点では『機動戦士ガンダム』だけではなく『太陽の牙ダグラム』や『戦闘メカ ザブングル』なども平行して連載されており、この中では『機動戦士ガンダム』の地球連邦と『太陽の牙ダグラム』の地球連邦は同一の組織であるという展開が行われていたり、『無敵ロボトライダーG7』などもミリタリー調にリデザインされたイラストが描かれたりしているなど、まだ単なる遊びの域を抜けていなかった。さらに1982年4月には『プラモ狂四郎』の連載が始まり、それまでに培われたザクバリエーションも登場。さらにオリジナルモビルスーツ・パーフェクトガンダムの登場により、人気はピークに達した。 一方、バンダイではアニメに登場したメカをほとんど発表しつくしてしまい、プラモデルのラインナップに限界を感じ、新たな企画を模索していた。アニメの設定に準じたものとしては、人物をプラモデル化した「キャラクターモデルシリーズ」や劇中の場面を再現したディオラマ「情景模型シリーズ」が発売され、さらにはサイド7のプラモデル化までが企画された。また、アニメの設定にとらわれないものとしてモビルスーツの内部構造を露出させた「メカニックモデル」なども発売したが、これらは従来のガンプラシリーズからはかけ離れており、主力とはいいがたい商品であった。 そこで、講談社の「ザクバリエーション」に目をつけたが、まだ当時はアニメに登場しないメカが商売になるとは到底考えられない時代であり、商品化には慎重であった。そこでまずは前段階として、大河原邦男が描いた劇場版ポスターのイラストや小田雅弘の作例を意識し、従来のモビルスーツの成型色をミリタリー調に変更した「リアルタイプシリーズ」を発売。さらに、アニメ作中の未登場モビルスーツ(アッグシリーズとゾゴック)の販売も行った。また、「1/100 旧ザク」には講談社発行の書籍『講談社のポケットカード8 機動戦士ガンダム モビルスーツコレクション』にて大河原によって新たに設定された専用マシンガンを付属させた。これらは、アニメに登場しないにもかかわらず人気の商品となった。 以上でアニメに登場しないモビルスーツでも十分に商売が可能と判断されたことと、ガンプラブームにより十分な市場が確立されたこと、そして2年間のガンプラの販売により技術が積み上げられたことなどから判断し、ついにバンダイは1982年秋に「ザクバリエーション」の商品化を決定した。しかし、ザクだけでは商品展開に困ることから新たな名称を検討する必要があり、小田雅弘によって『モビルスーツバリエーション』と名付けられ、合わせて「MSV」のロゴも作られた。これを期に『コミックボンボン』のライバル誌である「テレビランド」で活動していた草刈健一も安井の要請により『コミックボンボン』に参加。1983年初頭に商品化を発表し、バンダイの「模型情報」や講談社の『コミックボンボン』『テレビマガジン』にて設定やデザイン、模型作例を発表する連載が行われた。 なお、この時点でバンダイのグループ再編が行われた。プラモデルを担当していたバンダイ模型は親会社であるバンダイに吸収され、バンダイのホビー事業部となった。 第2期シリーズではついに「モビルスーツバリエーション」として新たにデザインされた機体が登場した。第1弾は「1/144 ガンダムフルアーマータイプ」で、さらに1/100スケールと1/60スケールの発売も開始された。この頃から『プラモ狂四郎』では毎回その月に発売される新作の「モビルスーツバリエーション」が登場するというマーケット手法がとられるようになった。 また、『GUNDAM CENTURY』の「変わった塗装をするのはシャアだけに限らない」という記述から、ジョニー・ライデンという『モビルスーツバリエーション』シリーズ独自の人物が設定されたが、これがまた人気となり、ついにはプラモデルが発売されるにまで至った。この際、発売された月の売り上げがアニメに登場した人物である黒い三連星の専用機を超えてしまうという前代未聞の事件が起こった。アニメに登場しない独自の設定が、元のアニメを越えてしまった瞬間である。これはガンダムシリーズの大きな広がりを意味すると共に、これ以降、独自の設定がさまざまな媒体で乱立し、収拾がつかなくなるという事態も招くこととなった。 1984年2月からは第3期シリーズに突入した。第1弾は「1/100 MS-06R-2 ジョニー・ライデン専用高機動型ザクII」であった。これは、先ほども挙げた通り、『モビルスーツバリエーション』シリーズ独自のキャラクターが講談社とのタイアップによりとてつもない人気を持ってしまったためである。しかし、本来は自由な改造を楽しむというのが「モビルスーツバリエーション」のコンセプトであったにもかかわらず、改造する余地の無い特定の人物の専用機を発売するということは、明らかにシリーズの迷走が始まっていた証拠であった。 事実、第3期シリーズが終了する時点でそれまでにデザインが発表されていた主だった「モビルスーツバリエーション」は全て発売しつくしてしまうことが分かっていた。つまり、『機動戦士ガンダム ノーマルタイプ』シリーズにおいて発売後2年で題材が枯渇してしまったのと同じことが、『モビルスーツバリエーション』シリーズも発売後1年半で起こってしまったのである。 小田を始めとする現場側はさまざまな道を模索し、ザク・マインレイヤーのようなモビルスーツそのもののバリエーションではなく、「オプション兵装」を題材とした商品や、果てには『プラモ狂四郎』で人気を得ていたパーフェクトガンダムを商品化したり、1984年7月には完成済みモデル「HCM」(ハイコンプリートモデル)を発売開始するなど、もはや「モビルスーツバリエーション」はおろかプラモデルとすら言い難い商品を発売したりしたが、やはり主力とはなりがたいと判断された。 そこで、富野監督がテレビシリーズ『機動戦士ガンダム』制作中に書いた全52話構想を記したメモ、通称「トミノメモ」にて名前のみ判明している「幻のモビルスーツ」に目をつけ、既存のモビルスーツのバリエーションを作るのが困難であるならば、新しいモビルスーツを作ってしまえばいいという方針転換を行い、新シリーズ『MS-X』を企画したのである。 一方、1983年末にバンダイの首脳陣は、サンライズに対してガンダムの新作アニメ(いわゆる「ニューガンダム(仮)」)を作ることを要求していた。つまり、後の『機動戦士Ζガンダム』である。サンライズとしても、『機動戦士ガンダム』以降に制作した作品に対して十分に満足できる成果を得られていなかったためにそれを承諾し、富野監督の説得に乗り出したのであった。 1984年初に『テレビマガジン』誌上にて『MS-X』シリーズのデザインが発表。この時点ではまだ『モビルスーツバリエーション』シリーズの延長であったが、その後、静岡ホビーショーにて正式な新企画として発表された。(なお、静岡ホビーショーでは同時に小説「逆襲のシャア・ガンダム」も発表されている。後の小説版『機動戦士Ζガンダム』に当たるものであろう。) すぐに『テレビマガジン』及び『コミックボンボン』にて模型を発表する連載が始まった。新しいモビルスーツと共に、従来のモビルスーツ向けにバストライナーやスキウレのような「オプション兵装」も発表し、顧客離れを防ぐ対策を採った。 1984年9月には『モビルスーツバリエーション』の第3期シリーズが終了。第4期シリーズ用に一般作業用ザクやパーフェクトガンダムMk-IIIレッドウォーリアなどの商品化も検討され金型の設計も開始されていたが、これを中断して『MS-X』シリーズを商品化する準備に入った。 しかし、従来のデザインからはかけ離れていた新しいモビルスーツはいまいち人気が伸びず、さらに『MS-X』シリーズ製作発表の半年後、1984年秋にガンダムの新作アニメ(「ニューガンダム(仮)」)の製作決定が日刊スポーツの速報から始まる各アニメ誌で報道され、年末には『機動戦士Ζガンダム』の製作が発表された。 この様にして終焉を迎えた『モビルスーツバリエーション』及び『MS-X』シリーズであったが、それ以降も商品の販売は続けられるため、バンダイの要望により『機動戦士Ζガンダム』に登場することとなった。 登場したのは基本的に商品化されたモビルスーツであったが、商品化されていないガンキャノン重装型とガンタンクIIも登場した。またYMS-08A高機動型試作機も予定されていたが、アニメ用の彩色設定が起こされたのみで登場は見送られた。また当時商品化されていない『MS-X』シリーズからはアクト・ザクが登場した。おそらくバンダイの要請を受けた富野監督が商品化の有無を気にしないで機体をチョイスし(旧ザクやゲド、センドビードの様に旧型メカとしての出番に使う為、旧作の機体の面影があるものが選ばれたらしい)バンダイは後追いで商品化した形となったのだろう。捨て鉢的なモブ出番が多かったのもその辺に起因すると推測される。ファンサービスとしての出演だったが、当時のファンからは否定的な意見が多く聞かれ、富野監督も「意外だった」とコメントしている。 実際に登場したモビルスーツのプラモデルは、他の『機動戦士Ζガンダム』シリーズのプラモデルと同じフォーマットのパッケージ・マニュアルにリニューアルされ、成型色も変更されアニメ放映時のみ販売された(劇場版機動戦士Ζガンダムの公開記念として2006年に復刻版が出荷された)。キット内容は『モビルスーツバリエーション』シリーズの物と全く同じであるため、新規に発売された「Ζガンダム」の他の機体と比べるとポリキャップが使用されていないなど、見劣りする内容になってしまった。また水中用ザク→マリン・ハイザックのように、名称を『機動戦士Ζガンダム』に登場した時の物に変更されたモビルスーツもいくつか存在する。 なお、アニメ設定画のクリンナップはときた洸一の手によって行われた(高機動型試作機の代わりに登場したアクト・ザクを除く)。 この項目「モビルスーツバリエーション」は、ガンダムシリーズに関する書きかけの項目です。加筆、訂正などをして下さる協力者を求めています(P:アニメ/PJアニメ)。 |
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