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欧米とは?/ キャシング比較

[ 81] タカアンドトシ - Wikipedia
[引用サイト]  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%88%E3%82%B7

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赤ちゃんの頃は凄い肥満児だった。その後、みるみる痩せていき、24、5歳のころに「絶食ダイエット」をしたので、頬がこけていた。最近はかなり肥えてきており一番やせていたころと比べると30kgほど違う。
子供の頃はガキ大将だったという。小学校低学年の頃違うクラスの女子とどちらが強いか喧嘩したことがある。結果、トシが勝った。相手の捨て台詞は「覚えておきなさいよ!」。
1994年5月 - 高校3年生の時に吉本興業札幌事務所主催のオーディション番組「トミーズのよしもとのもと」を受けるが落選。ネタはレスキュータン隊員、同番組の司会はトミーズ、審査員は太平サブローなどであった。同時期に札幌吉本主催の素人勝ち抜き型お笑いライブ「吉本特選 空飛ぶイクラ SPECIAL」にも参加。初舞台がデビューと考えれば、この頃がデビューとも考えられる。
1995年4月 - 高校卒業後、吉本興業札幌事務所に入りプロとして活動を始める。札幌吉本の1期生となる。芸歴は大阪NSC13期生(次長課長など)とほぼ同期にあたる。同時期に笑ハンティングらと共に地方ローカル深夜番組にてコントなどを披露。とぶくすりに非常に類似した番組であった。「北海道のお笑いを盛り上げよう!!」を目標に、ローカルに根ざした堅実なお笑いで、今の札幌吉本の礎を築いた。とは言え、当時札幌ではローカルタレントとして大泉洋がメキメキと頭角を現し、限られたローカル番組の出演枠もなかなか手に入れることが出来ない彼らであった。PRIVYの前でのライブチケットの手売りとバイトの日々に明け暮れ、タレント業だけでは食べていけない状況が続く。
1998年 - 吉本興業所属の若手お笑いコンビ4組からなるお笑いユニットnews(ニューズ)に後輩のアップダウンが選ばれ、東京進出を先に越される。タカ&トシは自暴自棄へと。またアップダウンは同時期にローカル深夜枠にて「まわるどあっぷ」という冠番組をスタートさせ、タカ&トシに更に追い討ちをかける。この時期を経て、彼らに欠けていたストイックさが養われたとも言われている。
2005年 - この頃より「欧米か!」などのツッコミで知られるようになり、人気を得る。「欧米か!」のフレーズの由来は漫才のツッコミのセリフからであり、「高校の旧友と再会」という漫才の中でトシが「欧米か!」と頻繁にツッコむパターンがフィーチャーされたことから。
漫才の中盤から、タカがトシに対してネアンデルタール人や正岡子規、クロマニョン人,ガンジー、タピオカ、クリリン、ニホンザル、ヘルメットなどと茶化したり、ゴロの似たパターンやツッコミボケを披露する(「欧米か」→「南米か」、「女子か」→「上司か」など)
また中盤から終盤まで韻を踏んだツッコミボケをする(「子供か!」のツッコミに対して「衣か!」や「児玉か!」「コモドか!」など)。オチでは2人で同時にツッコミを入れて終わる場合もある。
この形式でのネタを作る際はツッコミのフレーズ(「○○か!」の○○の部分)を先に作ってから、それに合ったボケを付けるという形をとっている。
最近では「○○か!」のネタを量産しているため「芸が荒くなった」、「普通の掛け合い漫才の方が好き」などの批判や意見もある(しかし○○か!漫才しかやらなくなった訳では無く、普通の掛け合い漫才も極稀に披露する〈最近では2008年の初詣!爆笑ヒットパレードで披露〉)。
この「欧米か!」は、明石家さんま、とんねるず、ナインティナインの岡村隆史、ウッチャンナンチャン、落語界では、三遊亭楽太郎、お笑い以外ではSMAPの中居正広や香取慎吾、丸山和也、吉幾三など色々な芸能人に使われている。
テレビで披露する漫才の他にも単独ライブ等ではコントも披露する(エンタの神様でのコントでは漫才と同じように「○○か!」ツッコミをやっているが、単独ライブ等で行うコントでは「○○か!」はほとんど出てこない)。
1998年3月、まだ北海道でしか知名度が無かった当時、HBCラジオの24時間に及ぶ長時間特番のゲストパーソナリティとして共演した伊集院光に、打ち上げで2人が「どうやったら毎週面白いトークができるのか」と質問した。しかし答えに窮した伊集院は「非日常を日常にしろ。例えば一日ステッキを振り回しながら生活しろ」と適当に答えたところ2人は真剣に納得してしまって大変困ったと「伊集院光 深夜の馬鹿力」で伊集院は告白している。
デビュー当初は「カタカナの二人組」で「名前の間に&(アンド)がつく」ことから、先輩芸人であるテツandトモと混同されることが多かった。地方では未だに間違われることをトーク番組などでネタにすることがある。
最近はタカのつく嘘もネタになってきている(島田紳助にロシア人っぽいと言われ、お父さんがロシア人、と返すなど。直後にトシが「欧米か!」と突っ込む)。その嘘は特徴があり、実際にあったかのような嘘である。
「いきなり!黄金伝説。」(テレビ朝日系)でのカラオケで100点を目指すというコーナーにタカアンドトシが挑戦したところ、周囲の予想に反して最終的に100点をとったのはタカではなく森山直太朗の「さくら」を歌ったトシで、同曲を14回も歌ってやっとのことだった。
2007年1月5日放送の志村けんのバカ殿様でゲストとして登場し、志村けんからちょんまげのカチューシャを渡された後のコントでトシは1回の「欧米か」でタカのちょんまげカチューシャを壊してしまった。
先輩として次長課長の河本準一を慕っているが、実はほぼ同期である(年齢は1つ下)。しかし、同じく同期のスピードワゴンにはしっかりとタメ口で話す。長州小力に至っては、初対面から後輩扱いして以来、実は先輩と判明した後も「今さら変えられない」という理由で後輩扱いのままである。
両者共、吉本興業の地方事務所の1期生であり、看板タレントであった。タカアンドトシは吉本興業札幌事務所開設時のオーディションを経て、1994年に1期生としてデビューし、やがて札幌吉本を担う主力芸人となった。華丸・大吉も、吉本興業福岡事務所開設時のオーディションにより、1990年に1期生としてデビューし、瞬く間に福岡吉本を代表する売れっ子芸人となった。因みに両者共、吉本入りする際に1回目のオーディションで落選している。
両者共、同期や後輩が先に東京進出を果たす中、近年満を期して上京し、2006年前後から全国区でブレークした。タカアンドトシは、後輩のBコース、アップダウンらが次々と東京に進出する中、2001年にようやく活躍の場を東京に移し、2006年前後から「欧米か!」のツッコミで、全国区でブレークした。華丸・大吉も東京進出でもカンニング竹山やヒロシに先を越されたが、2005年にようやく上京し、とりわけ華丸が児玉清のモノマネを武器に、2005年にとんねるずのみなさんのおかげでした内のコーナー、博士と助手〜細かすぎて伝わらないモノマネ選手権〜で優勝したことや、2006年の『R-1ぐらんぷり』で優勝したことにより、コンビ揃ってテレビに出る機会も爆発的に増え、一躍全国区の人気者となった。
両者共、ツッコミ役に交際歴の長い彼女が存在する。タカアンドトシのトシには2007年2月現在で交際歴13年の彼女がおり、写真誌でも熱愛ぶりが報じられた。華丸・大吉の大吉も、交際歴11年になる彼女がいることを2007年1月のテレビ番組出演時に明らかにした。両者共、結婚間近とも言われている。
後輩に先に東京進出されたため、タカは一時期かなりグレる。その頃の風貌は短髪(ソフトモヒカン風や左右サイドを別の色に染めるなど、かなり奇抜)にヒゲでなおかつスレンダー、とかなりワルっぽかった。今の姿とはまるで別人で、トシが「相方変えた?」と聞かれる。
2007年3月1日放送の「とんねるずのみなさんのおかげでした」では、タカがタイでの海外ロケの集合時間に約2分遅れてしまったため出川哲朗が「ドッキリしましょうか」と提案。タカが前夜とんねるずの石橋貴明のドンペリを部屋に持って帰ってしまった事を根に持つという伏線もあり、石橋貴明がタカに激怒するドッキリを敢行。怒られたタカは一生懸命謝ったが聞いてもらえず、石橋が出川を殴ったりテーブルを蹴飛ばすなど怒りが収まらないまま時間が過ぎた(もちろん石橋の演技である)。しばらくしてから謝りに行った後、石橋がトシに突っ込まれネタばらしをし本人はようやくドッキリと知るが、緊張の糸が切れたタカは号泣してしまった。なおこのドッキリは突発的なものであったため、2人のマネージャーもドッキリと知らずに本気で謝っていた。
2007年4月5日放送の「いきなり!黄金伝説。」で、一週間でせんべい1000枚を食べきるという伝説にチャレンジし見事達成した。最後の1枚は芸人生活を振り返りながら食べていたが、それまでの苦労や、その挑戦に対する辛さもあったためか、タカは食べながら号泣していた。
同級生と言うこともありコンビ愛も深く、「Qさま!」の解散ドッキリでトシが「休業したい」と言った時も、タカは涙ながらに「俺はお前とじゃないと出来ないから」と言った。トシは同番組の最後で「(タカが自分とじゃないと漫才出来ないと言った事に)感動した」と言う発言をしている。
2007年5月30日にホテルオークラ神戸で行なわれた藤原紀香・陣内智則の結婚披露宴に招待されるもスケジュールの都合で欠席した。
同時期にブレイクし、M-1グランプリで共に優勝を狙った南海キャンディーズとは、よきライバルでもあり、公私に渡り仲が良い。2007年9月まで笑っていいとも!でレギュラーであった南海キャンディーズにかわり、同年10月よりタカアンドトシが火曜日にレギュラーで出演している。
30歳を過ぎ、健康にも気遣う様になったのか、人間ドックに行き、普段酒の飲み過ぎで体は大丈夫なのかと聞いた所、異常は無しだったが、頭(脳)は小学生ボクサーに殴られた位の衝撃(ダメージ)があると言われた。
レギュラー番組、ラジかるッで再三タカが遅刻して話題となる。同じく番組を遅刻したザ・たっちや宮崎宣子アナに「遅刻すなよ!」と良くギャグを飛ばしている。
2007年9月28日、ラジかるッにゲスト出演の沢尻エリカの不機嫌な態度に番組スタッフ全員が凍り付く(エリカ様不機嫌事件)、タカトシが次のコーナーでその沢尻の態度をまね「沢尻か!」と大爆笑を取る。とっさのアドリブギャグにタカトシはさすがとの声が飛ぶ。
2007年の明石家サンタでその日タカが彼女に振られたことを告白。電話越しに泣きながら「お前じゃなきゃダメなんだ。」等を言っており「失ってから気付くもの」とも言っていて彼女への愛情を叫んでいた。彼女からの電話を番組で募集したものの結局来なかった。
2001年に爆笑オンエアバトルの札幌収録で初出場するまで、全国ネットの番組での仕事は殆ど無かった。後に上京するきっかけになった番組と話している。
2001年の初出場時は4位(その時トシは金髪だった)。その後は4回連続5位と綱渡りの状態だったが、第6戦以降からキロバトルが上昇。(ちなみに、それ以降タカは髭を剃って出場している。)第11戦以降は1位が定位置と言えるほどまでになり(第17戦のみ2位で、1位はキャン×キャン)、第13戦から現在まで6連続オーバー500の記録も保持している。さらに、番組最多連勝の18連勝の記録も打ち立てている。チャンピオン大会ではルート33に続く史上2組目の大会連覇を達成。これらの戦績により、番組内では「史上最強のチャンピオン」と紹介されていた。
第9回チャンピオン大会では、「○○か!」を強調しない正統派漫才を披露したが、番組史上初の3連覇の偉業達成は成らず、後輩のNON STYLEにその座を譲り渡した。結果発表後は大きな拍手で新チャンピオンを祝福していたタカだが、チャンピオンベルトとトロフィーの授与が終わる頃にはうつむき涙を流していた。収録後の楽屋にてタカは「思い残す事は何一つ無いし、やるべき事も全て遣り切った!」と力強く語り、トシも「オンエアバトルには非常にお世話になりました。今後も活きのいい若手を輩出してください。僕らも負けませんよ!」と番組への感謝を述べた。
2007年8月17日放送の夏特番『オンエアバトルデラックス!「タカアンドトシの言葉か!」』で司会を務め、コーナーの進行や加賀美幸子との対談をこなした。爆笑オンエアバトルの番外放送とは言え、タイトルに特定の芸人名が記されるのは番組史上初めてのことであった。
24時間あたためますか??疾風怒涛コンビニ伝?(日本テレビ)トシ・及川正紀役 タカ・チンピラの鬼頭役
東洋水産 マルちゃんやきそば弁当・激めんワンタンメン(北海道ローカル)、昔ながらのソース焼そば(全国)、焼そばバゴォーン(東北・信越のみ)

 

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